今SNSで、とある舞台の出演料やチケットノルマに関することが話題になっていますが、これにはそもそものバレエが根付くための土壌の違いがすごく大きいと思います。すでに問題提起をしている方もいますが、僕は問題提起というよりも、まずは日本と世界のバレエにおける在り方の違いを簡単に書きたいと思います。
ヨーロッパの場合
ヨーロッパのバレエ団の多くは国立バレエ団です。バレエ団、というよりも○○歌劇場の中のバレエ団ということが多いですね。
僕の所属していたのも「ブカレスト国立歌劇場」の中のバレエ団です。バレエ部門と併設してオペラもあったりするのが普通なんですね。
そして「国立」なので、それは当然国の施設であり、国からの援助を受けています。要するにダンサーたちは公務員です。全てのバレエ団に適用されるわけではありませんが、ライフコントラクトを結ぶこともでき、その場合は生涯自分から辞めない限り解雇されません。そのため舞踊手としての引退はあっても職を失うということではなく、最低限の安定は保障されます(中央〜東ヨーロッパに多いです)。
また、オフシーズン中の給与も発生します。大抵7月8月あたりは劇場がしまって、アーティストたちの仕事はお休み、バカンスになりますが、その間もきちんと給与が支払われる場合が多いです。
そして基本的にチケットは安く、気軽に観劇することができます。公演数も多く、公演がない間も館内は一部解放され見学できたりして、観光地としても機能しています。
アメリカの場合
以前の記事でも書きましたが、アメリカには国立バレエ団はありません。全てが私立、つまり独立した企業であり、会社です。そのため資金の獲得が何よりも大切になってきます。
なのでアメリカのバレエ団はチケットセールスやスポンサー獲得にすごく力を入れています(もちろん世界中どこのバレエ団でもスポンサーは大事です)。テレビCMや雑誌はもちろん、最近はSNSでの宣伝も主流になってきています。また、付属のバレエ学校からの収益も重要です。
また、以前にも書いたAGMAに加入していれば不当な扱いを受けることはなく、給与、労働時間、保険などは保障され、ダンサーが快適に働くことができます。バレエダンサーが労働者として、一つの職業として普通に成り立つ環境が整っています。
オフシーズン中は「レイオフ(一時解雇)」扱いとなり、自己都合での失職ではないため失業手当が支給されます。給与の満額とまではいかないものの、生活に支障をきたすほどではありません。
また、ヨーロッパでも言えることですが、バレエ団は基本的に街に一つだけあります。そのためバレエ団、劇場がその街のPRポイントになるわけです。なのでバレエ団をみんなで盛り立てて、どんどん押し出していこう!街の誇りにしよう!という気風もあるんですよね。
チケットも安いものは3000円くらいから買えるので、やはり気軽に足を運びやすいですよね。ショービジネスの本場アメリカだけあって特典や割引などのPRもきちんとしますし、バレエを知らないお客さんを呼び込む工夫を凝らしています。
日本の場合
日本はまず、一極集中状態です。たくさんバレエ団はありますが、多くが東京にあります。それはすなわち、お客さんの取り合いになってしまうんですよね。どのバレエ団にも歴史がありますし、見所はあるのに、どうしても全てを見にいこうとはなかなかならないですよね。チケット価格がどうしても高くなってしまうことも理由の一つです。どれだけ安くても、3000円でバレエの公演って滅多にないですからね……。
日本では国立バレエ団は新国立劇場だけですし、スポンサーがたくさんついて一つの企業として成り立つバレエ団も多くはありません。バレエダンサーという仕事も一般職扱いではないですし……。
そのため月給制など、安定した収入を得られるバレエダンサーは日本ではごく一部ですし、日本人の勤勉さも相まって労働環境も過酷になりがちです。そのため人材の海外流出なんていうのも問題になっていたりしますよね。
しかし、日本に全く馴染みのない「バレエ」という芸術を、バレエ大国と呼ばれるまでに日本に根付かせるのは並大抵のことではなかったはずです。ここまで日本人ダンサーが増えたのは今の日本のバレエ界あってのことですよね。日本のバレエの先駆者の方々には本当に頭が下がる思いです。
それでもやはり本場海外と比べてしまうと、そもそもの土壌が違うため、根っこから変えるというのは本当に難しいですよね……。
バレエだけで暮らすということは、バレエに関わる全ての人たちの理想ですが、その理想を全ての人たちの現実にするのは本当に大変です。まだ日本のバレエの歴史が、ヨーロッパやアメリカに比べて浅いからです。日本のバレエを作ってきた先人の方々に続いて、僕らも引き続き水準を引き上げていくために何かしなくてはいけません……。
コメント
周平さんのバランス感覚には脱帽します。一般的に白黒と言いたい勧善懲悪式の考えだと、「だからバレエ芸術も国から補助金をもらう団体に昇格すべきだ。そうすれば」式に落ち着きます。
しかし私は一概にそうではないとも思っています。
パリオペラ座バレエの場合を考えると分りやすいかもしれません。
国から多額の補助金を得れば、その見返りに無条件に国の方針に沿った演目を上演しなくてはいけないようになるということではないでしょうか。
ウィーン国立バレエ団の監督、ルグリ氏がダンサーだったころに比べると
コンテンポラリーの上演数が多くなり、それに伴ってクラシックの技術が落ちてきたように感じます。
どうしてもあの頃と現在を比べてしまうのも哀しいのですが、
コンテばかりを踊っていると、ルグリ氏が言うにはクラシックに戻る時に故障しやすいと述べられていました。
ですので、タルサバレエのような企業として地元を代表する雇用形態にまで持っていく方が
市場原理も働きやすくなり、以前のタルサバレエの告知広告のように
地元に利益を還元する創造団体として市民からも支持されるようになると思います。
そこまで時間と関わる人たちの熱い情熱があって初めてノルマ達成などの足かせから
日本の創造芸術も運営が円滑に行くのではないかと私は思います。
コメントありがとうございます。
難しい問題ですよね。ヨーロッパで国立バレエ団が成り立つのは、バレエなどがその土地の文化としてきっちり根付いているからこそだと思います。したがって今の日本に国立が増えても、ダンサーの待遇は改善してもバレエという世界の敷居の高さはあまり変わらないかもしれませんよね。
日本にはすでに団員をたくさん抱える立派なバレエ団がいくつもあります。それでもなお、バレエを始めとする芸術は良くない意味で「特別」であるという風潮が日本にはあり、社会や経済の歯車の一つとして当たり前に受け入れられていないからこそ生じる問題が、今回でいうノルマのような話だと思います。難しすぎて具体的に何をするべきなのかとかはまだ何も分からないのですが、もし日本人ダンサーの台頭が日本バレエの現状に一石を投じるきっかけになるのであれば、今はとにかく実績や経験を積んで立派なダンサーになれるよう努力するしかないのかな……という感じです。